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本を読みあさっている。

1日に何冊も掛け持ちして読んでいる。

朝の娘が学校の準備をしている間の10分。

娘を送りに行って戻ってからの洗濯物が出来上がるまでの20分。

昼休み。

夜のバスタイム。

眠る前の10分。

テレビドラマを見るのと同じ感覚だろうか。

少しづつしか進まないけれど、話が混ざってわからなくなることはない。

なるべくディテールを読む努力をしている。

先を急ぎたくなる私は、ディテールをすっ飛ばす傾向がある。

構成を把握するために1度読み、それからもう一度読み返すのが今までの読み方だった。
言葉の美しさを読むのではなく、感情の流れのようなものを中心に。
だから言葉は二の次だった。本を読むにあたって、内容がわかればよかったのだと思う。

今は言葉が欲しい。
面白いか面白くないかは判断せず、貪るように読んでいる。

もう入らないと思うまで、読んでみたい。

脳みそに詰め込めるだけ詰め込んだら、なんとなく、言葉の中に秩序ができてくるのではないかと期待している。この殺風景な表現に色がつくのではないかと。

今はそんな感じ。



連日クリスタルワークをやっていて、ショップブログにも書いたのだけど、リプログラミングというメロディさんのワークを行なっている。もうずーっとやってる気がする。1週間、たった。よくわかったのは今現在の私はデザイア(願望)がはっきりしないということなのだと思った。何回も繰り返して。先のことを考えてないとは思ってはいないのだけど、意外と強く叶えたいと思うことがないのだとわかった。満足しているのかもしれない。

一度書いたデザイアはリプログラミングのワークを通して、ハイヤーセルフに送って現実化しやすくするのだけど、その過程で、やっぱりこれは叶えたくないと思ってしまって、願望を取り下げた。却下。

仕事について新しく掲げた目標のようなものがそのまま却下したものにかわる願望になったのだけど、ワークで通してみると、具体的な計画が全く浮かばなかった。そしてとにかく眠い。また失敗だと思って諦めて、夜は仕事しながらうとうとして、お風呂でも溺れそうになって、いつもより早く寝て、朝もがっつり寝坊して、娘に起こされお弁当ギリギリで作ってわーっと送り出して、さっ仕事しようと思ったら、前の日に浮かばなかった具体的な計画がどんどん浮かんでくる。メモを取りながらも実行に移して、あーなるほどね、失敗ではなかったのねとフムフムして、ワーク後の数日間のハーモニアスタイムの中で浮かばなかった計画は伝えられると書かれてあったけど、これかと思た。


明日は娘の学習発表会。私の世代で言うと学芸会。ゆえにキャラ弁を作る。朝はできないので、夜仕込む。小さい頃はよく作ったのだけど、全て覚えていないらしい。一度もキャラ弁を作ってくれていない、と言われて、それは!と思い、夜な夜な海苔を細く切っている。なぜか体がポカポカしている。もうすぐ日にちが変わるのに、コーヒー入れて最高に美味しくて、今日は一日、一瞬一瞬が幸せだったと思った。そういう暮らしがしたかったのだと思った。寝なきゃ。

親知らずはもうすっかり平気。

切開した歯茎ももう塞がった。

人間の治癒力って面白い。

写真どりがうまくいっていなくて、良さを伝えられていない石が結構あって、

視点が変わってきたのか、あれもこれも撮り直さないと、と思えてくる。

少しずつ撮り直している。

リビングから見える森の伐採が少し前にあって、高い木が何本も切られて、

地震が来た時にこの高い木は危ないよねと大家さんのご意志だったみたいなのだけど、

おかげで光がさらに入るようになって、富士山も見えるようになった。

思いもよらなかった景色がある。

少しずつ、変わりつつあるのかな。

そろそろ、また何かを書きたい。

読んだ本のまとめを書くか、

ヒプノセッションを受けていただいた方の体験とご感想をまとめるか、

しばらく同じことを考えぐるぐるしながら、石のアップ作業を急ぐ。急ぎたい。

先日親知らずを抜きましてね、1週間フリーズしておりました。

痛くて痛くて、イライラしてしまった1週間でした。

今月の新月に、個人的に大事にしていた「もの」を解放することをしまして、

私とこの「もの」に関係していた鎖のようなものを解除したような気がしています。

そのあとデトックスがおきて、パソコンがフリーズして、そのあと親知らずの抜歯。

親知らずは横に生えてきていて、私の下顎を歪ませていたのですね。

この2週間はだから縛りの解放みたいなことがおきていたわけだと、改めて実感。

今日はとてもスッキリしていて、サイトもリニューアルして、石たちの整理整頓もして、

家の中をピカピカにして、とても清々しいのです。

親知らず抜いてから痛いときは、ガンガン泣いて、
絶望的に小さく小さくなっていたのだけど、

見る夢は割と明るくて、新しい展開な夢ばかりだった。

夢から覚めたら、激痛。

それも、もう終わるかな。

卵かけご飯はうまい。有精卵の卵を時々食べるようになった。

やっぱり一番好きな食べ物は玄米卵かけご飯な気がする。

先日娘が8歳を迎え、彼女は動物性のアレルギーで、鶏肉以外食べられない。

でもこのところお肉を食べてみたい欲がとってもあるみたいで、思い切って食べれる練習をしてみようかと思っている。ベジタリアンじゃなくなっちゃうけど、彼女の興味にダメとは言いたくない。食べてみて、やっぱり体調がよくなかったら、またその時考えようと思う。

私の母は、私が小学1年の頃からアドラー心理学を学び始めた。

その時の母は小さな衣料品店を個人でやっていて、どういうつながりで知ったのかはわからないのだけど、アドラーの本と出会い、勉強してその後カウンセラーになった。

自分が大人になって、アドラーが急に取り上げられるようになって、数年もたったらアドラーの本がよく目につくようになった。当時母が勉強会に行っていた講師の先生の本も私の住んでいる田舎の本屋でも見ることができる。

それでも手に取ることはなかったのだけど、最近、兄の勧めでアドラーの本を読む機会をもらった。母が何度も繰り返していた言葉が書かれている。でもあまりその意味も使い方もよくわかっていなかった。当時の母はどんな気持ちで勉強していたのかな、とか、自分を変えようと頑張っていたのかなとか、これを読んで兄はどんなことを思ったのかな、とか色々考える。

結局、自分を変えることができるのは自分だけ。

アドラーからではないけど、学んだ。

あなたが不幸なのは、不幸でいることをあなた自身が決めているから。

自分を嫌いでいる理由は、他人から嫌われるのが怖いから。

自分のここがダメだから他人から愛されるはずがないと、理由づけをして、

変わらないことを選択している。

変わらないでいる方が、楽だから、安心だから。


そう、その通りだと頷いて、娘がなになに?と聞いてきたので、説明する。

鼻紙をゴミ箱に捨てるのを何回も忘れてしまうのは、それをしない方が楽だから、変わらない方が楽だから。不幸を選択しているんだよ。と私。そっか、変われば幸せになれるんだ。ママに注意されて、んー!(悔しい)ってならなくなるもんね、と娘。

娘に説明すると例えがこんなになる。

ちゃんと伝わっているのか。まあいい、ゆっくり行こう。


私はどうなのかなと考える。
離婚をして、幸せになった、と言える。元旦那とは以前よりももっと信頼して接せられるようになった。ライフスタイルが違っていたことも、もっと明白になったし、お互いの生き方を尊重できるようになった。それをしたかったんだと思った。

母子家庭になることは、望んだことだけれど、確かに今不幸だと感じてはいないのだけど、こうなりたい、これが幸せだというイメージもまだない。まっさらになってしまったんだと思う。何とも不思議な感覚。

父と母と子供の3人家族の理想的な家族のイメージは強く描いていたのに、それを選ばないことが幸せだと選択したわけで、父と母は離れて暮らしているけど、理解ある友人で、娘を育てる共同体のような関係となることを選んだ。それはいい。OK。

じゃあ、私自身はこれからどんな生き方を求めているのだろう、と考える。

シングル、仕事、子育て。

この考える時期が楽しい。ちょっと時間がかかるかもしれないし、突然降りてくるかもしれない。ともかく、考える時期なんだな、と思う。水張った田んぼ、浸水させた玄米。美味しい卵かけご飯が食べられるように。
兄から渡されたバトンが、とても素敵なもので、これを誰かにまた渡せたらと思った。

読んだ本「嫌われる勇気」


エチオピアンオパール。占星術で太陽と月に対応する石。

なんて表現したらいいかなってずっと考えていたのだけど、太陽と月で納得。

女性性を感じるのに、どこかそれだけに当てはならないのは感じていた。

太陽光の下では凄まじい輝き方をする。なのに透明感があって水の様。

占星術では太陽は自分自身を読む時に見る惑星。

月は女性性や母性、幼少期や母親との関係も月で読む。

この石はそのどちらも見るときに使える石となる。

例えば私のバースチャートは牡羊座の太陽で、双子座の月なのだけど、

この石と牡羊座の石と双子座の石でワークをやったら、

どんなメッセージを受けることになるのかな、と妄想している。

あと少しで、自宅サロン開業に向けて準備ができる段階まできた。

春からスタートできたらいい。

と、お願いしてみる。

年始から占星術と石との関係性を勉強している。

自分のバースチャートを読み解いて、蠍座の冥王星と双子座の月が関連しているのがやけに気になって、蠍座のチャートルーラーは冥王星だし、より気になって、蠍座の石を選んで眠ってみた。

とても象徴的な夢を見て、それもとても辛い夢で、泣きながら起きてしまった。

はい、わかりました、という感じである。

恐ろしいほど、よくわかった。

星座ごとに紐解いて、惑星ごとに紐解いて、

アスペクトからも紐解いて、ハウスからも紐解いて、

関連する石と一緒にワークしていこうと思う。

これはきっと、より具体的に自分を知る、自分の人生を知るツールになると思う。


娘に「本とノートだったらどっちが好き?」と言われて、私は「ノート」と答えた。

本は学ぶためのもので、とても必要だけれど、他者から教わること。

ノートは学んだことを書き留めたり、整理したりする、自分のためのもの。

書くことは昔から好きで、高校卒業する少し前あたりから、書くことを仕事にできたらと思っていた。何年も小説を書いたけれど、自費出版の枠にしか入れず、書くためのたくさんの教科書も本棚で埃をかぶっていた。いつかと思いながら取っておいた。それらを、昨日捨てた。

何かを手放すと、確実に何かを迎えることになるのだけど、それが今朝やってきた。

小さい頃から理解できない夢を見ていた。「またあれだ」と起きた時思うのだけど、感覚的な夢で不快感だけが残る夢だった。風邪をひいて高熱を出した時は必ずその夢を見て、眠るのが怖かった。金縛り状態になって身動きがとれずカオスがやってくる夢。大人になっても、時々見ていた。今朝は、その夢を違う形で見させられて、文字通り「見た」という体験をした。感覚的でわからなかったその夢を「理解した」状態で目が覚めた。この理解は、私の現在のテーマを語っているように思えた。潜在的に抱えていたものを小さい頃は受け止める器がなくて、はっきりと認識できない状態だったのだとおもった。このタイミング。タイミングはいつもベスト。願望を一つ捨てたことで、新しい方向性を得た。

私たちは別の人生を同時に共有している。

別の人生を癒すことができたら、同時に今見ている人生も変わってくる。

同じように、今の人生を癒すことができたら、別の人生でも変化が起こる。

時間の概念はない世界。

そういう仕組みの中で、私が知覚できることを、他者に対して役立てたらと思う。

そういう流れの中で、明日、新月を迎える。

スタートの合図ですかね。


後追い日記です。

あーほんとに、夢中になるとブログって後回しにしてしまう。。。

後回しにしないように設定し直さないとだわ。

23日東京中目黒にて、メロディさんの本「レイイング・オン・オブ・アース」の日本語版「愛は地球の中に」の出版記念パーティに参加してまいりました。

メロディさんを囲んでコアな方々とお食事。貴重な、そしてとても楽しい時間でした。

日本語出版まで4年の歳月がかかったとのこと。翻訳されたのは、メロディワークのティーチャーをされているアースラブワークの塩原さんと、同じくティーチャーでいらっしゃる岡山峯子さん。

メロディさんがパーティの挨拶で言われたことは、もし通常の翻訳家に頼んでいたら、すぐに出版されていたでしょう、と。より内容を熟知したメロディワークのティーチャーであるお二人だからこそできる、お仕事であったと。

本当に素晴らしい内容です。


次の日に読んでみて、うるうる、じわ〜っと泣けてきて、こんなに奥深いクリスタルワークの本が日本に伝わるって、すごいことだな〜と嬉しいな〜と思いました。

クリスタルとの向き合い方、もっと奥深い。

石の産地とのつながり、星座とのつながり、惑星とのつながり、もっと奥深い。

これらのこと、どうやってか繋がるはずなのに、わからなくて、でもメロディさんの本に全部書かれている。これなの!これを待ってたの!と興奮の嵐。


私、メロディさんのクリスタルワークをお仕事としてやっていきたいと思いました。

ずっとずっと温めてきたこと。

石屋さんがやるクリスタルワーク。クリスタルを使った施述、始めます。

始めますよ。


連日、クリスタルワークを実践している。

お仕事として稼働させるために、石を選んだり、試したり、ワークの内容もさぐったり。

先日メロディさんのクリスタルワークの一つ、セルフビリーフの解除をしてみた。

必要の無くなった自分の信念をとるワーク。

長年見つめることのなかった信念が見えて、ものすごい入り組んだ構造で、自分のエーテル体に形作られているビジョンを見た。

そして、そのあと、この信念の解体ショーとなった。


私はベランダで鉄パイプでできた棚を解体している。何本も細かく解体して、長さを揃えて紐で縛って、ベランダいっぱいの燃えないゴミ。不燃物。

空に向かって「きんとーーーーーーうん」と叫ぶ。

お決まりのようにぴゅうっと来て、縛った不燃物をのせる。ぴゅうっと飛んでいく。

するとこめかみに電撃が走って、意識はベランダから肉体に戻る。

エーテル体をみると入り組んだ骨組み構造のものがなくなって穴ぼこだらけになっている。

そこにうっすら膜が見えて、それをつまんで引っ張ってみると、アルミホイルのような膜がワシャワシャと取れる。丸めてまた、不燃物。

ベランダにそれを持って立っていて、また「きんとーーーーーうん」と叫ぶ。

預けて、行ってしまったら、また体に意識が戻る。

感情がわっとでてきて、何かが開かれる感じが全身に起こる。

タンポポの蕾がエーテル体にびっしり敷き詰められている。全身タンポポの蕾。

それが、一斉に開く。

体の10センチくらい外側にタンポポがびっしり。

黄色い毛が生えたような、「ガチャピン・ムック」のムックの黄色バージョン。

もっとふっさふさ。すごいいい香り。

「あー、アルミホイルの幕は、マルチだったんだな」と思った。

ずっと蕾が開かない状態だった。

解体できてよかった。

ワークが終わってから、ひとこと。


あー楽しかった。(きんと雲も見れたしね。)

先週土曜に運動会があって、台風やってくるぞということで午前中で中止かなと予測、

その通りになってお弁当を食べてから解散になった。

初めての運動会でパパは仕事で参加できず、東京のばーばもこれまたオペラの発表会で来られず、じーじがやってきて、お友達も交えての運動会だった。

小雨が降る中、高学年のリレーに熱くなり、我が子のかわいいダンスにほっこりなったり。

その後じーじが滞在中の3日間は、とても穏やかな時間で、毎朝娘はじーじから習字を習い、ラジオからはクラッシックが流れて、それに合わせてじーじの口笛も流れる。

こんな休日だったなと子供の頃を思い出した。


娘とじーじが遊ぶ姿が、まるで私の小さい頃と被っていて、愛おしい時間だった。

愛されていたし、大好きだった。

孫と親が触れ合う姿をみて、実感することもあるのだなと思った。


唯一の後悔は、久しぶりに牛肉を食べたこと。体が重く感じる。

通常の体調に戻るのに、もう少しかかりそう。

来年のツーソンの手配をしている。

娘を連れて行くことに決めた。大きい車もレンタカーしたい。

初めての海外は14歳だった。母の仕事についていった。

娘は3歳の時にツーソンに来ているが記憶にないらしい。今回は記憶に残るかな。

母・71歳も行くことになった。親子三代。

先日受けた千さんの話によると、3人とも同じソウルグループなのだそうだ。

母と海外は14歳のとき以来。20年ぶり。

なんだろうな、巡り合わせって面白いなと思う。

いろんなことを共感しあって、楽しい旅になるといい。