12月17日

娘に「本とノートだったらどっちが好き?」と言われて、私は「ノート」と答えた。

本は学ぶためのもので、とても必要だけれど、他者から教わること。

ノートは学んだことを書き留めたり、整理したりする、自分のためのもの。

書くことは昔から好きで、高校卒業する少し前あたりから、書くことを仕事にできたらと思っていた。何年も小説を書いたけれど、自費出版の枠にしか入れず、書くためのたくさんの教科書も本棚で埃をかぶっていた。いつかと思いながら取っておいた。それらを、昨日捨てた。

何かを手放すと、確実に何かを迎えることになるのだけど、それが今朝やってきた。

小さい頃から理解できない夢を見ていた。「またあれだ」と起きた時思うのだけど、感覚的な夢で不快感だけが残る夢だった。風邪をひいて高熱を出した時は必ずその夢を見て、眠るのが怖かった。金縛り状態になって身動きがとれずカオスがやってくる夢。大人になっても、時々見ていた。今朝は、その夢を違う形で見させられて、文字通り「見た」という体験をした。感覚的でわからなかったその夢を「理解した」状態で目が覚めた。この理解は、私の現在のテーマを語っているように思えた。潜在的に抱えていたものを小さい頃は受け止める器がなくて、はっきりと認識できない状態だったのだとおもった。このタイミング。タイミングはいつもベスト。願望を一つ捨てたことで、新しい方向性を得た。

私たちは別の人生を同時に共有している。

別の人生を癒すことができたら、同時に今見ている人生も変わってくる。

同じように、今の人生を癒すことができたら、別の人生でも変化が起こる。

時間の概念はない世界。

そういう仕組みの中で、私が知覚できることを、他者に対して役立てたらと思う。

そういう流れの中で、明日、新月を迎える。

スタートの合図ですかね。