5月28日

卵かけご飯はうまい。有精卵の卵を時々食べるようになった。

やっぱり一番好きな食べ物は玄米卵かけご飯な気がする。

先日娘が8歳を迎え、彼女は動物性のアレルギーで、鶏肉以外食べられない。

でもこのところお肉を食べてみたい欲がとってもあるみたいで、思い切って食べれる練習をしてみようかと思っている。ベジタリアンじゃなくなっちゃうけど、彼女の興味にダメとは言いたくない。食べてみて、やっぱり体調がよくなかったら、またその時考えようと思う。

私の母は、私が小学1年の頃からアドラー心理学を学び始めた。

その時の母は小さな衣料品店を個人でやっていて、どういうつながりで知ったのかはわからないのだけど、アドラーの本と出会い、勉強してその後カウンセラーになった。

自分が大人になって、アドラーが急に取り上げられるようになって、数年もたったらアドラーの本がよく目につくようになった。当時母が勉強会に行っていた講師の先生の本も私の住んでいる田舎の本屋でも見ることができる。

それでも手に取ることはなかったのだけど、最近、兄の勧めでアドラーの本を読む機会をもらった。母が何度も繰り返していた言葉が書かれている。でもあまりその意味も使い方もよくわかっていなかった。当時の母はどんな気持ちで勉強していたのかな、とか、自分を変えようと頑張っていたのかなとか、これを読んで兄はどんなことを思ったのかな、とか色々考える。

結局、自分を変えることができるのは自分だけ。

アドラーからではないけど、学んだ。

あなたが不幸なのは、不幸でいることをあなた自身が決めているから。

自分を嫌いでいる理由は、他人から嫌われるのが怖いから。

自分のここがダメだから他人から愛されるはずがないと、理由づけをして、

変わらないことを選択している。

変わらないでいる方が、楽だから、安心だから。


そう、その通りだと頷いて、娘がなになに?と聞いてきたので、説明する。

鼻紙をゴミ箱に捨てるのを何回も忘れてしまうのは、それをしない方が楽だから、変わらない方が楽だから。不幸を選択しているんだよ。と私。そっか、変われば幸せになれるんだ。ママに注意されて、んー!(悔しい)ってならなくなるもんね、と娘。

娘に説明すると例えがこんなになる。

ちゃんと伝わっているのか。まあいい、ゆっくり行こう。


私はどうなのかなと考える。
離婚をして、幸せになった、と言える。元旦那とは以前よりももっと信頼して接せられるようになった。ライフスタイルが違っていたことも、もっと明白になったし、お互いの生き方を尊重できるようになった。それをしたかったんだと思った。

母子家庭になることは、望んだことだけれど、確かに今不幸だと感じてはいないのだけど、こうなりたい、これが幸せだというイメージもまだない。まっさらになってしまったんだと思う。何とも不思議な感覚。

父と母と子供の3人家族の理想的な家族のイメージは強く描いていたのに、それを選ばないことが幸せだと選択したわけで、父と母は離れて暮らしているけど、理解ある友人で、娘を育てる共同体のような関係となることを選んだ。それはいい。OK。

じゃあ、私自身はこれからどんな生き方を求めているのだろう、と考える。

シングル、仕事、子育て。

この考える時期が楽しい。ちょっと時間がかかるかもしれないし、突然降りてくるかもしれない。ともかく、考える時期なんだな、と思う。水張った田んぼ、浸水させた玄米。美味しい卵かけご飯が食べられるように。
兄から渡されたバトンが、とても素敵なもので、これを誰かにまた渡せたらと思った。

読んだ本「嫌われる勇気」


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